ヒューマニズムと 武士道と聖書

最終更新: 5月16日








「それで、何事でも、自分にしてもらいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法 であり預言者(聖書)です。」 マタイ7章12節





ヒューマニズム(人間中心主義)は人間の知恵と力でユートピアを実現出来ると考え、進化論を土台とした人生哲学です。第二次大戦後、欧米より民主主義と共に日本に入り、今日、大多数の人々の人生観となっているといえましょう。〝道徳心が失われた〟と叫ばれていますが、ヒューマニズ ムに基づく教育の結実と言えます。個人の人権、自己実現を重んじる価値観であり、決められた倫理、道徳はありません。人間が常に進歩し続けるならばユートピアを実現出来るでしょうが、人間の本質を見誤っているのではないでしょうか。


武士道精神への帰郷....?!

毎日のように殺人、汚職、詐欺事件が起こる中で、一部の人々は(政治家、教育者、等々)、日本人が昔から保って来た高貴さ喪失を憂い、日本人の伝統的道徳としての武士道への回帰を主張する人々も出てきました。確かに目先の利得に振り回され、短絡的に人を殺したり、だましたり、富を得ようとする今日の風 潮の中にあって、「公義」「忠誠」「仁」(他者をいつくしみ、弱い者への情)「名誉」(人に笑われる ようなことをしない)等の特質を持つ武士道が懐かしく思われることでしょう。



聖書は最高の道徳の教科書 「武士道」(BUSHIDO:The Soul of Japan)を世界中に紹介したのはクリスチャン(クエーカー派) の新渡戸稲造氏(1900年)です。 確かに、「武士道」を初めとしてあらゆる宗教、道徳律に共通するところがあるかもしれません。 聖書では、神の「公正」「公義」が教えられ、人は神に従い、人と人とは互いに仕えあう者として、 「自分を愛するように、あなたの隣人をも愛しなさい。」と隣人愛の大切さが教えられています。 人類は共通の両親(アダムとエバ)から生まれたのであって、アダムとの類似があらゆる民族の宗 教、文化の中に現れることでしょう。 しかし、聖書のすばらしさは特別であります。それは普遍性、永続性、歴史的裏付け、明確さ、統 一と調和に優れているということです。

1. 人間の起源、尊厳、目的そして責任が創造主なる神との関係によって示されています。無意味 な人生、無責任な人生観は生まれません。

2. 聖書はつねに世界人類を対象としており、ある特定の民族のために書かれたのではありません。 神の独り子イエス・キリストはアジアのユダヤ人として生まれましたが、全人類のために十字 架で死んでくださいました。聖書の十戒は道徳律の代表的なものであり,後半の戒めは今日も 世界中の人々に受け入れられています。

3. 聖書の出来事、登場人物、預言は歴史の中で確認されてきました。神話ではなく、歴史的事実 であります。イエス・キリストの歴史性を否定するなら、西暦に頼ることは意味をなしません。

4. 聖書が他の道徳の規範と異にする最大の点は、人間の罪深さと神の赦しです。


道徳は人間が秩序ある家庭、社会生活をする上でなくてはならないルールです。しかし、人間はそれを完全に守ることが出来ません。どんなに修行しても、完全に守ることが出来ません。 人間の本質は、創造主なる神に対して、自己中心となり、その結果、人と人との間にも、平和に暮らすことが出来なくなりました。 しかし、そのような罪人である人間を神は赦してくださるのです。神の子イエスの身代わりの死によって、人のどのような罪も赦され、人は神との本来の関係に戻ることが出来るのです。創造主を 畏れ、敬うことこそ、道徳心を身に付ける鍵と言えましょう。



著/ 西舞子バプテスト教会牧師

  表 博之






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