いのちの大切さを考えよう − 一度限りの人生 −

最終更新: 5月16日









「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに。また『何の喜びもない。』 という年月が近づく前に。」(聖書)

日本人の平均寿命は男女とも世界一で、女性は87歳、男性は81歳となっています。(2017 年)これから の医学や予防の進歩によってさらに延びるかもしれません。 しかし、この地上の「人生が一度限り」であるという事実は変わりません。巻き戻すことも、永久に延ばし 続けることも出来ないのです。 一度、二度の失敗で私たちの人生が決定づけられるものではなく、大いに再挑戦しなければなりません。し かし、「一度限りの人生」ですから、やはり、毎日を大切に生きなければならないのではないでしょうか。


百二十歳まで生きたモーセは次のように語りました。


「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。 それは早く過ぎ去り、私たちは飛び去るのです。....。それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えること を教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。」聖書

百二十歳の、モーセが現代に生きていれば、世界一の長寿者となるでしょう。そのように長寿を生きても、 この地上の人生は「早く過ぎ去り」「労苦とわざわい」であると語り、「それゆえに、自分の日を正しく数え ることを教えてください。」というのです。モーセが言っていることは「この地上の人生を有意義に生きる 知恵を得させてください。」ということであります。 「一度限りの人生」を有意義に生きるためには将来に対する希望が必要ではないでしょうか。かつて仏教から来る死生観によって、人は死ぬと他の人間か動物、あるいは草木に生まれ変わると信じられていましたが、 今日では多くの人々は死ぬとすべての存在は終わると信じているのではないでしょうか。ですから、苦しみ を終わらせるために死を選んだり、人生において、自己実現という名のもとで自己本位な生き方が優先され ているのではないでしょうか。

聖書の死生観は、変わることなく明らかに語られてきました。人の人格(霊魂)は永遠に存在します。全能者によって正しい裁きが行われ、それぞれに適わしい報いが与えられるので す。この地上の人生(一時的)は、永遠の人生をどこで、どのように過ごすかに大きな影響を 与えるのです。

「神は善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべての業を裁かれるからだ。」 聖書

キリストの十字架と復活は、すべての人々に示された創造主なる神の愛と希望であると言えましょう。地上 の人生において、どのような罪を犯しても、キリストの身代わりの死の故に、神の裁きではなく赦しが与え られ、キリストの復活の故に、同じ復活の希望が与えられ、信じる人々に、希望と地上での労苦の報いが約 束されるのです。

「わたしは、よみがえりです。いのちです。私を信じる者は、死んでも生きるのです。」 聖書

「人生は一度限り」で時間は早く過ぎ去ります。巻き戻しをすることが出来ません。もし、死んですべてが 終わるなら、なんとはかなく、空しいことでしょうか。

神は人を互いに愛し合うものとして生かされました。自分本位の人生をどんなに実現しても、それで本当に喜べるでしょうか。 あなたの人生の愛の実を他の人が食べて喜ぶような人生こそ、そして、永遠の希望を持てる人生こそ、人の本来の生き方ではないでしょうか。



著/ 西舞子バプテスト教会牧師

  表 博之



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